2012年04月04日

ダブル

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僕はトイレの紙にシングルとダブルがあることを初めて知った。

1枚の紙をシングル、ティッシュのように二枚重なっているものをダブルと言うらしい。

先週の日曜日、母さんは僕にダブルのトイレットペーパーを買ってくるように頼んだ。

玄関で靴を履いて出かけようとすると台所から「間違えないでね!ダブルよ!」と聞こえてきた。


僕はおしりがふければ何だっていい。

母さんは何でダブルがいいのだろう。

シングルの紙を2倍使ってふいたら同じだと思う。

でもシングルとダブルが売っているということはダブルを欲しがるのは母さんだけではないのだろう。


僕にはわからない。


こういうのを「こだわり」って言うらしい。


母さんはトイレの紙にこだわる。

父さんにも「こだわり」がある。

父さんは毎朝隣の町のパン屋のパンを食べている。

少し前まではすぐそこのかどのパン屋のパンを食べていた。

「こっちのパンを食べてしまったらもうかどのパン屋のパンは食べられないよ。」と言う。

今まで食べていたパンが食べられなくなってしまったのに父さんはうれしそうに言うのだ。


僕はパンなら何でも好きだ。

まずいパンなんて食べたことがない。


父さんの気持ちになってみようとするけど僕にはむずかしい。


「こだわり」って暮らしを不便にするなあと思う。


「こだわり」なんてないほうがいいに決まっている。

と、思っていた僕も知らない間にこだわりを持ってしまっていた。


先月は僕の誕生日があった。

おばあちゃんは僕にオレンジ色のスニーカーをプレゼントしてくれた。

僕は黒いスニーカーが欲しかったので「黒が良かったのに」と言った。

おばあちゃんは悲しそうな顔をした。

母さんは僕に言った。

「そんなにこだわらなくても。オレンジだってすてきじゃない。」


僕はオレンジがいいということが「こだわり」になることに気がつかなかった。

オレンジより黒が好きというのは「こだわり」なのか。

そしておばあちゃんは僕の「こだわり」によって悲しんだ。


僕は「こだわり」で先生を喜ばせたこともある。

僕は図工の時間が1番好きだ。

特に粘土の時間は時間を忘れるほど夢中になる。

もっと粘土をさわっていたいので放課後残ることもある。

ある日の放課後、僕がいつものように粘土をいじっていると、先生がやって来て嬉しそうに言った。

「お、こだわってるなあ。楽しいだろう。ぐあっははは。」



は!



またもや知らぬ間に僕はこだわっていた。

でも先生は喜んでいる。

粘土が好きでずっと粘土で遊んでいることは本当に「こだわり」なのかな。


なんだかますますわからなくなってきた。


こだわりっていいものなの?

不便なものなの?

試しに父さんに聞いてみるとこう言った。

「どうでもいいことにこだわることはよくないよな。でもどうしてもってものにこだわることは大切なんじゃないかな。」


父さんにとってパンはどうしても隣町のパンなのかな。

母さんはどうしてもダブルのトイレットペーパーなのかな

僕はほんとにどうしても黒い靴が欲しかったの?

僕はどうしても粘土で遊びたいの?


おばあちゃんからもらったオレンジのスニーカーは今では僕の一番のお気に入りだ。

最近はザリガニ釣りに夢中で放課後に残ってまで粘土で遊ぶことはない。

でもあのときは黒いスニーカーが欲しかったし、粘土で遊ぶことも楽しくて仕方がなかった。


どうでもいいこと よくないこと よくわからない。

だれが決めるの?自分で決めるの?

なんのためにこだわるの?



おとなになったらわかるのかな。


お月さまが出ているから明日は晴れそうだ。


晴れたらザリガニ釣りに行こう。







posted by pistachio at 02:46| murmur